フィリピンの首都マニラに5店舗を構えるクライミングジム「パワーアップ」。1990年代半ば、フィリピン大学でフリークライミングを行っていた有志が立ち上げました。
1号店はマニラの北部・ケソン市タンダンソラにあり、フィリピン初の商業クライミングジムでもあります。鉄骨平屋の建屋にトップロープ用の壁7面のほかにボルダリング用の強傾斜壁、キャンパスボードといったトレーニング機器を備えています。
競技人口が少ない上、明るい国民性を反映してか、常連客、スタッフを含めてすべてが友人といった雰囲気で、初心者、外国人が訪れても熱烈に歓迎してくれます。
充実のトップロープ 上級者向けのボルダー壁
トップロープ課題のグレードはテープで色分けされているのみで、アメリカのデシマルグレードなど国際基準に則った難易度は示されていません。私の感触ではフレンチグレードでおおむね6aから7bまでが設定されている、といった印象でした。
スラブからオーバーハングの壁が用意され、連続するクリンプで指先を酷使したり、ルーフを力でねじふせたりする多彩なルートがあり、中級者までは効果的にトレーニングできると思います。
一方、ボルダリングの壁は、初心者は1手も進むことができないほど強度が強いです。コンペの後は一時的に多く課題が設定されますが、基本的にはテープなどで示された課題が数個あるのみです。本来はスタッフや常連客が作った課題がいくつもあるのですが、テープが貼られていないので、判別できません。
スタッフに頼むと課題を教えてくれるのですが、最も簡単なもので、4級ぐらいから始まります。私は2級が登れる程度の実力ですが、登れた課題は数個で、上級者が触っているものには全く歯が立ちませんでした。
このほか、ジム内にはフィンガーボード、キャンパスラングのほか、ウエイトや縄跳び用ロープ、懸垂用の鉄棒、綱登り用の綱など補強のための器具が豊富にあります。
ギア販売に関しては、品数が少なく、ここで装備をそろえることは不可能でしょう。私がよく通っていた2017年当時、ペツルのスポーツクライミング用ハーネス「サマ」やクイックドロー「ジンアクセス」などを置いていたが、数個をディスプレイ用に置いている、といった様相でした。

ジムは社交の場
ジムは地元クライマーの社交の場ともなっており、登らないが、仲間に会いに来ただけで数時間過ごすといったケースもみられます。クライマーの年齢層は20~30代が中心で、ボルダリングで1級前後を登れるのは10人程度と推定されます。年単位の競技歴を持っているのは、20人程度のようでした。近くにフィリピン大学があるため、定期的に通っているスペインやベトナム国籍の留学生もいました。
大型扇風機を置いているものの、エアコンがないため、クライマーが集まりだすのは午後5時ごろから。シャワーがあり毎日、掃除してくれてはいるのですが、衛生度はフィリピン水準です。ジム内をネズミが走り回っているのも気になります。私はいつも、自宅に帰ってからシャワーを浴びていました。
ビレイサービスも
2017年当時、同ジムの1日当たりの利用料金は200ペソで、ボルダリングのみであれば150ペソ。シューズはレンタル(古い靴が50ペソ、新しい靴は100ペソ)できるが、初心者はスニーカーでも登ることができました。一人の場合、スタッフに200ペソ払うと1時間ビレイしてくれました。
ビレイサービスについては、一緒に登る相手がいない時に頼んでいました。ただし、スタッフ(マネージャー格)と仲良くなったためか、料金を支払うつもりで頼んだのに、会計時に徴収されないことも何度かありました。
スタッフにきちんと請求するよう指摘すると、「お前は友人だから」「さっきは休憩中だったから問題なし」との回答でした。あまりルールで全てを縛らない、フィリピン人の気質なのかもしれないと思い、私は感謝するだけでした。
ただし、1〜2カ月に一度、ジム内で「酒を飲もう」とお誘いがあります。営業中でも関係ありません。スタッフの就業時間もあいまいなようで、仕事が終わったのかどうか定かではありませんが、常連客と一緒にビールを飲んでいます。
日本なら居酒屋に行こうと誘うところ、わざわざ外で飲み食いするとお金がかかるので、ジムを会場に飲み会を開く形を取っているような印象でした。
私もたまに強制的に誘われるのですが、その際は90ペソほどの大びん1本を差し入れるよう頼まれます。大した金額ではないですし、私を友人とみなしてくれている行為と思うと、うれしくもあるのですが、「ビレイ料金をタダにしたのは、酒をおごってもらうためだったのか」と、少し複雑な心境になります。
アクセス
2017年当時、ジムへのアクセスは外国人の多いマカティ市から向かう場合、MRTでケソンアベニュー駅まで行き(24ペソ)、駅入り口付近で待機しているジープニー「Fairview」行きを捕まえ、タンダンソラで降りる(11ペソ程度)方法が最安でした。
旅行者はMRTで同駅まで行き、路上でタクシーを捕まえましょう。
まだまだ富裕層向けのスポーツ
フィリピンではクライミングはまだ広く知られていない上、国民の平均所得に比べるとギアの価格が高く、スポーツとして普及していません。17年当時、大卒の初任給の多くが1万ペソ前後とされる中、シューズは高いもので7000ペソしていました。そもそも関税や消費税のためか、ギアの価格設定が他国より高いです。
クライミングができるフィリピン人は比較的、富裕層に入るのですが、ギア購入の金銭負担は大きいようでした。少しでも安く購入するため、出稼ぎ中の家族や友人に、香港やシンガポールで買うよう頼んでいました。
私は日本でシューズを買った際、サイズが合わず、泣く泣く安値で売却したことがあります。フィリピンに滞在していたころは、地元クライマーの友人に岩場やハイキングに連れて行ってもらいました。シューズは日本で売却せず、彼らにプレゼントして、引き受け手を見つけてもらった方が、喜ばれただろうし、ほんのわずかな恩返しになったかもしれない。